なぜ、生きているのか?

インド占星術関連情報
09 /05 2017
親愛なる読者の皆様、こんにちは。
訪問ありがとうございます。


今日は矢作先生の「生き惑う人へ」という本を読んでいます。その中に「なぜ、生きるのか」という事が書かれていました。


人生が順調な時はいいのですが、インド占星術的にアリシュタが輝く時期になると大きな事件や事故に遭遇したり、身内の死などがあったり、大切だと思っていた人に裏切られたと感じたりなどがあると自分の立っている足元が大きくぐらついてしまう。


「なぜ、この私がこんなことに」
「こんな目にあっても、生きていかねばならないのだろうか」と。


この試練こそが外向きの意識を内向きに変えるシグナルになります。魂的な視点で見ると大チャンスのイベントです。ただ、シグナルと捉えるか、絶望して沈むかは心の成熟度にかかっています。


インド占星術をある一定の領域までマスターするとどう考えても先読みが可能になります。これこそがリシ達の恩寵ですが、その先読みは惑星の周期に明確に現れている場合、確実に事象化する事になります。日本の場合だと大地震パターンがヴィムショッタリーだと固定されすぎています。なのでそれ以外の周期は地震をあまり考える必要がありません。


人の行為は知っていようと知っていまいと同等の結果を得るように設計されています。この設計士は唯一なる神性です。私たちは過去と現在しか知りませんが神性なる方は三つ目を持っているので過去、現在、未来を見通すお方です。


人が無知に覆われている限り、良い周期は幸福ですが、悪いアリシュタの周期になると苦しみが起きてしまう。この苦しみは魂的に勉強なので大いなる祝福なのですが心が未熟だとそれをわからずに自分すら嫌悪してしまう事に。幸福感の消失に。


ネガティヴ性は生来的凶星の役目ですが生来的吉星が凶ハウスに在住するとその役目を果たす事になります。逆もまた然り。


人が第一に知るべき事はあなたは何者なのか?生まれた目的とは?を自問する事です。


私も親愛なる読者も寿命が来れば肉体の崩壊が始まります。崩壊するような器に真実性はありません。そうではなく、死んでなお残る実体。この実体を内なる目で探求する必要が全ての人がやるべき第一の課題ですが現代は感覚の誘惑があまりにも強いために人の心が踊ってしまうのです。


暑くなれば渇きが生じて喉が渇きます。夏はピッタが優勢になる時期です。渇くので潤い(水元素)を求める事になります。


これは肉体の渇きの話ですがより深い部分で深く飢えている部分が存在します。この飢えが輪廻の深い原因であり、執着の源として原因体に根付いています。この根付きは瞑想以外、コンタクトする術がありません。
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ナーラーヤナ

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